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生きた食は生命なり [食]

生きた食は生命なり


私達、外氣功療法で行なう氣は天の気と言われる
宇宙の根源たるエネルギーを調整するものです。

肉体をもった私達の身体には、もう一つ地の気を必要としています。
これは、あくまでも食にてエネルギー補給していかないとなりません。
ここでいうエネルギーは、カロリーではありません。
生命エネルギーである命あるエネルギー地の気です。

この天の気と地の気のバランスによって生命を活発にして健康を維持できています。

そして、地の気を補給するには、生きているものを食する事です。
しかし、私達の今の生活環境には、殆ど生きている食材がありません。
玉ねぎ、人参、じゃが芋を観ましても、根や芽が生えてきますか?
その大豆、小豆を植えて芽がでますか?
その発酵食品(醤油・味噌)は、味が変わり変色したりしますか?
何かおかしいとは思いませんか?
いつの間にか、生きた食材が手に入らなくなってしまったのです。

だから、地の気を補給する事が出来ずに病になり易い身体になっている事を御気づきでしょうか?
食によって、病は作られるようになっているのです。

ここに生きている味噌と死んでいる味噌の実験があります。
《用意するもの》
・耐熱性のガラスコップ2個
スプーン2本
・片栗粉40g
・水 適宜
・熱湯200ml
・調べたい味噌 10~15gずつ

《見分け方》
まず片栗粉培地をつくる
1.コップに片栗粉20gを加え、
コップの底から1cm位の水を注ぎ練り、硬めの水溶き片栗粉を作る

2.そこに沸騰したお湯を100ml一度に注ぎ入れる。
*入れた瞬間から5秒位で固まる

3.調べたい味噌を加えて、片栗粉と混ぜ合わせる。
一晩置いておくと、とても良くわかるが、1~2時間位で差がはっきりとわかる。

iphone_20120226230403.jpg
実験結果 右が生きた味噌、左が死んでいる味噌

片栗粉は糖質です。
味噌に含まれている酵素菌が、この糖質を分解したため、生きてる味噌はサラサラになりました!
かたや死んでる味噌というのは多少語弊がありますが、酵素菌が死活してしまっている味噌は、片栗粉の糖質を分解できないため、片栗粉培地のままです。

ぜひ、皆さんも毎日使っているお味噌を実験してみてはいかがでしょうか?

そして毎日、飲む味噌汁だけでも、本物である生きた酵素菌のいる味噌を購入してはいかがでしょうか?
生命ある生物は、生きている生命を頂きものです。

氣功道 能力開発気功法 http://gaikikou.blog.so-net.ne.jp/2012-05-29
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『頂きます(^O^)』 [食]

『頂きます(^O^)』


人を良くすると書いて、『食』という字になります。
では、今の食は人を良くしているのですか?
どうもそうではないように思えます。

身体的にみても、病気になり方は年々増えています。
さらに障碍になる方も多くいます。
誰でもが、どこかしら身体的な異常を感じているのでないでしょうか?
心理的にみても、自殺者の増加、精神疾患、犯罪の増加など
具体的な事はなくとも、怒り・妬み・憎しみ・疑い・不信感・恐怖・恐れ・不安・偽り・自信喪失・自己嫌悪・エゴ・利己・我儘などのネガティブ感情が生まれやすくなっているのではないでしょうか?
そのために多くの方が幸せを感じて生きているには程遠くなっているように思えます。

その原因は、やはり食が大きく関わっているように思えます。
人を良くする食とは?
身体的に言えば、この身体を作り上げている物質が調和させているものだと思います。
それは、生まれ育った環境と地で取れた自然なる物質である食物ではないかと思います。
水さえも、その地に湧く水がこの細胞に合っているわけです。
自然をみると分かりますが、植林された木には多くの害虫が寄り集まっています。
それは、まだこの地のものとして順応と調和されていない物ですので、この地の自然界では認知させていませんので害虫によって早く枯らしてしまい土に戻し調和をはかる働きです。
本来、人も違った地に行くと環境に順応出来ずに病気になり易くなっています。
しかし、ここが化学の力なのでしょう。
どの地域に行っても、同じものが食出来るようになる事で、あたかも違った地の環境に順応出来たようにしてしまった分けです。
昔は、田舎から都会に移住する時に、食当たりをする方が多くいました。やたらキャベジンや太田胃酸が売れていたようです。都会の水も合わない為に苦労していた方は多くいました。
それが、徐々に薬と共に農薬だとか添加物という品物によって、身体の体に異変を感知する反応がなくなっていったように思えます。
どういう事なんでしょう。
それは、生きている食べものではなくなっているからだと思います。
いうなれば、微生物が混入していない食物を食べる事で細胞が反応しないようになっているようです。また、身体内にある生まれ育った微生物とよそ者の微生物によって調和が乱れてできた反応もでないようにしたのでしょう。
さらに微生物を摂取させない事以上に体内にある微生物を殺傷していたように思います。
それが現在であれば、抗生物質などの薬品類や食品類には日常内で頻繁に使用されています。また抗菌作用の強いものによって微生物が生息し難い環境を作っています。
このような食生活では、細胞の働きは良くなるわけはありません。細胞の働きが悪くなれば、さらに毒素や重金属類は体内に蓄積してきますので、病になるのはもちろん、障碍になる事も頷けます。

企業的な食の考えは、食中毒が悪の為に食中毒にならないための化学物質混入が行なわれているわけです。しかし、これは直ちに問題ならないという考え、あら、どこかで聞いたフレーズ、そう、放射能の問題もそうですね。企業・体制側から考えると直ちに問題になる事柄は責任が発するから、先延ばしできる問題に対しては安全だと言いきってしまう。
その風潮に怖さを感じます。五右衛門が入った五右衛門風呂と同じですね。気が付いた時にはもう手遅れです。

心理的にみても微生物の役割が大きいです。
微生物と聞くと、汚いもの、悪いものように思う方も多くいますが、私達の身体には通常約100兆以上いるとされています。私達の60兆細胞より多く住みついているわけです。
そして、この微生物は地球上で最初の生物です。私達の祖先であり、さらに創造主との繋がりが強く、最も忠実な生物でしょう。
いうなれば、微生物が反応してくれた結果は、他の生物に対しての教えになっているのだと思います。腐敗と発酵という形で生活の智慧と心の教えがそこにあります。
本来、昔の人が食当たりをすること自体、生まれ育った場を離れてはいけない教えであったのでしょう。
食中毒になる事自体に大きな意味があるわけです。
人の欲を正す為でもあり、身体の弱さを知る事もできるのです。
後進国にいけば、衛生面の良くない場でもウィルス・菌に冒されずに元気で暮らしているわけであり、ウィルスや菌のせいではないのです。
私達が抗菌生活と抗生物質、農薬・添加物、薬品等の中で身体的を弱くしているだけです。
微生物は私達に生命を与えて力強い身体を下さいます。そして、複合された微生物は精神的にも調和の大切さを教えて利他の心を作り上げて下さるもだと思います。
微生物と共存共栄できる食こそが、本当の食であり、人を良くする食だと思います。

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微生物酵素菌ジュース

生まれ育った場には、もう戻れませんが、より自然なる食を求める事が今後において、人を良くする食だと思います。
有機野菜・無農薬、自然栽培、無添加、自然発酵、地の物、季節もの、生きた食を求めて下さい。その食が生きているからこそ『頂きます』なのです。
私達は、命を食べさせて頂いて生存させてもらっているのです。
だから、生命は尊いものなのです。
食の大切さは、命を頂くことです。

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